午睡するキミへ
 


     6



ふわっふわな白銀の髪の間にぴょこりと立った虎耳と、
やや擦り切れていた上衣の裾からはみ出して
フリフリ揺れるシマシマな尻尾という突飛なおまけもまた愛らしく。
これは可愛いと誰しも躊躇なく思ったからだろう、
大事な仲間と思う敦に起きた、結構大変な事態だったにもかかわらず、
太宰も谷崎も賢治くんも、実は中也までもが携帯にその姿を収録しており。
見るからにあどけなく、無垢でいとけない風貌の幼子は、
最初こそ警戒して 付き添い(?)のお兄さんの身の陰へ隠れていたものの、
集まって来たお兄さんたちが怖い人たちでないらしいと理解してののちは、
屈託のない笑顔を見せて良く懐き、よく甘えた。
何と言ってもその笑顔が愛くるしく、
ふくふくとしたまろい頬や愛らしい口許、
玻璃玉のような透き通った双眸を楽しげにたわめて細め、
きゃうぅと軽やかな声上げて笑うのが、皆の心持ちをきゅうんと掴んでやまず。
ついつい取り出した携帯のシャッターを押す手が…という順番だったようで。

 『お願いだから消してくださいよぉ。///////』

何もそれを振りかざして揶揄ったり困らせようと思ってたわけじゃあないものの、
そこはやはり男の子で、ご当人は“可愛い”と言われても嬉しくはないらしく。
その場に居合わせなんだ鏡花が画像を欲しいとねだるのへ、
特段焦らすこともないまま、どうぞと進呈する太宰なの、
お顔を真っ赤にして辞めてくださいよぉと言いつのる敦だったりし。

 『いいじゃないか、減るもんじゃあなし。』
 『ボクの神経が磨り減るんですよぉ。///////』

思えばいつぞやの女装姿も撮られているしと、(知らないあなた 参照)
他の黒歴史まで思い出してしまったものの、
本人の目の前で扱われているのだ、まだマシだぞ と、
いつか達観する日も近いぞ、敦くん。(おいおい)
へらりと笑うばかりの先達には不満げなお顔をしたものの、

 『可愛い、大事にする。』
 『あ、ありがとう。』

愛用の携帯をじいと見つめつつという鏡花ちゃんから罪のない言いようをされ、
逆に絆されたか 抵抗反抗は諦めたらしい虎の子くんなのへ、
あれまあと ほのぼのと苦笑してから、

 『で、一体どんな夢を見ていたんだい?』
 『はい?』

執務用の席へと戻りつつ、同じ並びのお隣となる太宰にそうと訊かれ。
色々省略された訊かれように、何の話でしょうかと玻璃色の目を見張ったものの、
話の流れを慮みてすぐに気づいての…う〜んと思案し、

 『え〜っと。///////』

夢、ですか?とやや深々と首を傾げてしまう辺り、
不思議体験と同じく、それもまた覚えてはいない少年らしく。
一通り何かないかと思い出そうとした挙句、細い眉をしょぼりと下げてしまい、

 『お騒がせしたのに すみません。』
 『いやいや、そこは構わない。』

発端はどうやら随分と朝っぱらからではあったれど、
お昼どき近くに目を覚ますまで、そりゃあ穏やかに午睡をしていたようなもの。
彼自身が戸惑いながら紡いだように、
一片の偽りもなく、本人は何も覚えちゃいない中での不思議な出来事だったよで。
その辺りを確認した太宰は、

 『何にせよ、無事でよかったよ。』

ああまで愛らしい姿だったのだ、誘拐でもされていたら一大事だったよ?と、
そうならなんだのだから僥倖だと、あらためて後輩くんの髪を撫で、
今日は私もちゃんと書類を片づけるからと、
それで当然なことながら、残業にならぬよう頑張ってくださって……。




     ***



 「…覚えていないのも無理はないって順番なのかもだよね。」


からりと硬質な音を立て、タンブラーの中、球形の氷が小さく揺らぐ。
あの後、さしたる依頼もなく、
勿論のこと大それた騒動も起こらぬままに時は過ぎ。
帝都から社長が“変わりはないか”と電話にて連絡を下さったのへ、
春野さんが ついのこととて“大事ないです”と返せたほどに
それはのほほんと過ごしてののち、
無事に退社時間を迎えた探偵社御一同。
今日は敦が食べたいものを作ると鏡花が訊いていたのを見送ってから、
自身は秋の黄昏の中へと身を没し、いつものバーのカウンターに腰を据え、
そんな言いようで呟いた太宰であり、

 「……。」

聞こえてはいるのだろ、聞き手の彼も何という返事はなく、
それすなわち反駁のつもりもないらしい。
当事者が眠ってしまったのでと、
マフィアの面子とは別れて敦の見守りをつづけた探偵社側だったが、
マフィア側も側で、少なからずに案じていたその延長、
催眠術がらみだとか、相手の年齢を操作する系統の異能者が
裏社会で手配されてはないかを一通り調べてくれたらしく。

 『そんな異能が騒がせているって声はねぇ。』

となると、あれはやはり、
敦自身の異能の、ある意味 暴走が起こしたことなのかも知れぬ。
そうは言っても、
問題行動なんて起こしちゃあいないし、
当人の気性だってそれは模範的で穏やかで。
修羅場では我が身を顧みずの無謀なこともしでかす豪胆さが嘘のよに、
日頃は腰が引けているのが問題っちゃあ問題というくらいの、
至って大人しい優等生型ではあるけれど。

 我を張らないというのが
 果たして最良だと言えるのだろうか?

ずっとずっと堪え続けていたのだろ。
人知れず、誰にも気づかせずにいようと踏ん張っていたのだろ。

 誰にも言えない“寂しい”という心持ち。

親も家族もいない、
居ないどころか その親や近親者から捨てられた恐れが多きにあろう子供。
院長が恫喝として口にしていた文言は すべてが傲慢な屁理屈じゃあない。
世界中を敵に回しても味方になってくれる、
そんな無償の愛をそそいでくれる親のいない子は、
なるほど泣いてたって誰も助けてはくれないし居場所だって与えてはもらえぬ。
自分で立って自分で切り開いて、自分で歩いてゆかねばならぬ。
どんな向かい風にもどんな氷雨にも立ち止まらずに、自力でしのいで進まねばならぬ。

 それを頑張ってた彼であり、それが叶いつつあった日々だったから。

だから、泣いてはいけない、泣き言なんて言ってはいけないと、
そんな悲しい性分が当たり前のそれとしてしっかと出来上がっていたとしたら?

 「…もしかして、
  本人も気づかぬうちに誰かに甘えたいって気持ちが
  時々は高ぶってたのかも知れないね。」

人を踏み台にするよな要領のいい子らにダシにされつつ、
気づいていながらも それも社会に出れば襲い来る理不尽だとし、
嘘をつかれた方だのに反省房へ閉じ込める。
そんな環境下に居たというに、それでも間違った方へは屈さずに居た目映い子。
問題の孤児院で、そりゃあ辛い子供時代を送ってたそのまま、
今度は社会人として胸張りなさいなんていう環境へいきなり飛び込んじゃったわけで。
社名を汚さぬよう、社員であることに恥じない人性であれ、と言われ、
あれほど素直ないい子だから、
そうでいなきゃあいけないというの すぐ飲み込んだはいいけれど。

 「甘えていい、頼っていいなんて言われることもあるのが
  胸の内で整理されてなかったのかも知れない。」

あくまでも仮想としつつ、かも知れないを幾つも連ねた太宰だが、
もっと判りやすい言いようとして繰り出したのが、

 「中也、最近、ここ何日か連絡もないままでいなかった?」
 「……。」

言葉に詰まったような音は洩れなんだものの、
口許へと運びかけていた紙巻き煙草、
ふと途中で止まったのが何かしら刺さった証拠であろう。
今更 嵩にかかるつもりはないか、
相手の方を向きもせず、
すっきりとした横顔のまま、淡々と続ける太宰であり。

「服装が孤児院の時のだったなんて、混乱の象徴じゃあないの。」

甘えていいだろう幼子になればいいかななんて感じたけど、
そこはやっぱり気恥ずかしいのか、それとも
甘えるなと振り下ろされた 辛かったお仕置きとか思い出してしまったか。
混乱する中で、ちょっと斜め上の、仔虎になっちゃった敦くんだったのかもね。

 「君に甲斐性がないとは言わない。
  認めたくはないけど、図らずして人が集まる人性は真似できないからね。」

お追従の言い合いをしたくはないが、
それはなかろうと、
徒に相手を翻弄しては手間暇かけて憎まれ役を演じる、
素直じゃないだけの話じゃないかと。
そうと感じて視線が揺れた中也だったが、

 「……。」

やはり何も言わぬまま、
グラスの中、氷を浮かべる琥珀の酒精を見下ろしていた。




     ◇◇



日頃、それと気づかせぬまま、
和やかに朗らかに笑っては抑え込んでた我慢強い子。
だがだが、甘えていいという、こちらからも甘えたい人が現れて、
その箍が微妙なバランスになっていたのかも。

 我慢出来てた。
 大人はみんな抑え込めてることだし、
 社会人ならそうでなきゃあいけない。
 奔放が過ぎればみんな迷惑するじゃないか。

それを埋められる人ならともかく、
ボクなんて何にも取り柄がないのだもの。
手のかからないいい子でいなきゃあと、毎日ちゃんと姿勢を正してた。
あの孤児院での我慢に比べれば、
勉強することがいっぱいで、頑張れば褒められもするし、
居心地もよくって楽しいばかりじゃあないか。

 でも、でもね?
 あのね?
 やさしい人がいるの。

頼もしくて、手前一人くらいどうとでも構えるぞって豪快に笑う人。
そりゃあ立派で頼もしくって。
大きな組織でもたくさんの人を束ねていて慕われていて。
そんな格付けとか身分とか無くたって、胸を張って威容に満ちた貌でいる。

 いくらでも甘やかしてやんよって、
 ちっぽけで情けないボクを そおと掻い込んでくれた人

ああでも、あのね、
甘え方ってよく判らないし、
あんなにもやさしい人だから、
凭れてしまったらそのまま戻ってこれないかもしれなくて。
対等で居れるよう頑張りたいなんて、そんなこと思うの生意気ですか?




to be continued.(18.10.14.〜)




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 *何で敦くんが仔虎になってしまったのか。
  そこをちょっとばかり掘り下げます。
  というか、もうちょっと簡単に畳み込もうと思ったんですが、
  相変わらずの冗長さんですいません。